天使になったネコ社長&黒玉+下界に君臨する女帝・毛玉の日々の暮らしと、ヒト社員の趣味のお話。
ツインズ
2015年12月29日 (火) | 編集 |
今年最後の観劇!

『ツインズ』@PARCO劇場

長塚圭史 作・演出
古田新太 多部未華子 りょう 石橋けい 葉山奨之
中山祐一朗 吉田鋼太郎


セイレーンはその美しい声で、人間を誑かすという。
声に狂った人間を海の中に引き込むのか、肉を食らうのか?

さてこの作品に登場するセイレーンは、どうしたか?
人々に僅かな希望を与えた、のではなかろうか?
この先に待ち受ける、世界の惨状を見なくて済むように。
自分や自分の大切な人が、壊されるのを見ずに済むように。

安らかなまま、海に帰れるように・・・。

すぐそこにある、未来の物語だ。
この話を単なるツクリモノだとしか思えない人間は、
よっぽどの楽観的か想像力が欠如しているかのどちらかだろう?

明日来るかもしれない。
リアルすぎる手触りに、背筋がゾクゾクする。

平穏な日常(家族内の揉め事も含め)を生きている彼らは、
もう薄々気がついている。

偽りの平穏が、長くは続かないことを。
ここから抜け出すことなどできない、
この大きな流れに抗うことなどできないということを。
ゆっくりとだが確実に、終末へと向かって行く・・・。

「どうしたって可愛いと思ってしまう」から、
イラ(多部)は双子を海へ流す―逃がす?
ゆっくりと崩れていく世界にいるより、
海に希望を見出したから。
せめて赤ん坊だけでも、遠くどこまでも逃れて行って欲しかったから。
もしくは、怖くなったから?
あまりにも無垢で力弱い存在の、強さが怖くなったから。

ローラ(りょう)は人々を解放する。
“家族”という面倒くさいシガラミから。
そして、未来から。
優しく恐ろしいセイレーンの目には、
はっきりと「その先」が見えているのだろう。


端から不穏な空気しか漂っていなかったこの作品。

ハルキ(古田)がバット持って暴れるより、
狂気じみたリュウゾウ(吉田)の言動より、
なんとなーく流れる嘘くさい日常の空気感が異常だ。

なんでこんなに凪いでいるのか?

繰り返される食卓の風景にも、不安をかきたてられる。

「同じ釜の飯を食う」とは良く云ったもので、
同じものを食べることで結束が深まる
家族の象徴、だ。
あれほど反発していたハルキさえも、
食事を共にしたのをきっかけに態度が軟化した。
まぁ娘に指をちょん切られて、心が折れたせいもあるが

私はこの、家族揃ってボンゴレビアンコを食す場面で、
ついに耐えきれなくなってしまった。

怖い・・・怖くてたまらなくて泣けてきた。
この偽りの平穏!
穏やかで温かい食卓の嘘くささ、
寒々しくて辛くなる・・・。

最終的にはタクト(葉山)も、散々拒否していた食卓に加わる。

ここ、「オマエ、急に何でよ?」と思ったんだけど;;;
それなりに腑に落ちた。
それはオマエが、自らの意志で仕掛けたことではないよ?
全部セイレーンの思う壺、だったんだよ。


切り口は違えども、
『マーキュリーファー』同じテイストの作品であろう。
どちらも家族の話で、どちらにも救いなどない。

しかも、この現実と地続きときている!

ここで描かれた世界が明日なのか、
百年後なのか、私には判らない。

でも確かに待ち受けていること、だけは判る。

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