2017年08月 / 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

2016.11.07 (Mon)

遠野物語・奇ッ怪 其ノ参

どこかの国の未来の話。

『遠野物語・奇ッ怪 其ノ参』@世田谷パブリックシアター

柳田国男 原作   前川知大 脚本・演出
仲村トオル 瀬戸康史 山内圭哉 池谷のぶえ 安井順平
浜田信也 安藤輪子 石山蓮華 銀粉蝶


語られる怪異譚が怖いのではない。

この物語が恐ろしいと感じるのは、
それがすぐ足元まで迫ってきているリアルだからだ。

みんな大好き「標準」が、
格差と弾圧を生む。

みんな一緒、みんな平等、みんなみんな・・・。

それはつまり「みんな」ではないものを、排除するということだ。

これを恐ろしいと感じないことこそ、恐ろしい。
全員が同じ方向を向く異常さを、
他人と違う意見を述べ辛くなる息苦しさを、
無駄だと断じ切り捨てることの残酷さを。

みんながみんながで推し進める政策なんて、
とても暴力的で理不尽でしょ?


そもそも「みんな」が信じている正しい物事は、
絶対的に正しいのか?
それホントに捨てちゃって良いの?

失ってから嘆いても、もう遅い。
戻ってこない、人も風景も物語も・・・。

目に見えないものを「ない」というのは簡単だ。

だけど、見えない=ない・・・なのかい?

ただ見ないようにしているだけじゃないか。

かつては誰の目にも見えていたものが、
「標準化」の名のもとに見え辛くなる。

たぶん根こそぎなくならないと気づかないのだろうな、
失ったものがどれほど大きかったかに。

祖母(銀粉蝶)からササキ(瀬戸)が受け取り、
ササキからヤナギタ(仲村)が受け取り、
ヤナギタがイノウエ(山内)へと渡す。

語り継がれるのは、単なる怪異譚ではない。
それは日常であり暮らしであり、脈々と続く人の営みそのものだ。


森から一斉に去ってゆく狼たちの足音が、
一瞬、ヘリの羽音に聞こえ、北と南がリンクする。

物語が現実と地続きだと、改めて思い知らされた。

高橋一生氏が「誰かのものになってしまうのが怖い」でお馴染みの←馴染んでない。

瀬戸康史くんが物語を語る青年・ササキを巧みに演じる。
物語のヨリシロとなり、次第に境界が曖昧になっていく様を、
東北弁で演じるというなかなかの難役。

冒頭はほぼ一人芝居の様相だったけれど、
これが大変見事でした!


そして顔が小っさくてカワイイ
何だこれ、めっさカワイイぞ(ノ´▽`*)b☆

お久しぶりの山内圭哉氏は、いつもよりいくぶん抑えた演技でした。
オモシロも控えめ

前作にも出演されていた仲村トオル氏は、
「テレヴィで観る印象と違うなぁ」と毎回思ってしまう;;;
独特の存在感があります。

仲村氏がヤナギタを飄々と演じたおかげで、
作品全体が重くなり過ぎず、
受け止め易くなったのではないかしらん?

テーマ : 演劇 ジャンル : 学問・文化・芸術

14:55  |  芝居道楽  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

*Comment

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

 | BLOGTOP |